自分と先生の他には誰も居ない特力系の教室。
いつも自然と皆が集まってくる場所だから、こんなことは珍しい。
特にすることもなくただ時間が過ぎようとしていた。
「先生ってさ、」
静寂が包み込んでいた部屋の中で響く自身の声。今日、此処に来て初めて声を発した気がする。
彼が座っている場所とは少し距離があったけれど、普段のような賑やかさや騒がしさが無いせいか声が届くのには十分だった。
「柚香先輩のこと好き?」
表情を崩すことも、声音を変えることなく言い放った。
さも驚いたというかのように、大きく開かれた彼の瞳が此方を映す。
カップに入っている冷めた紅茶をすすりながらその瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
答えなんて聞かなくてもとうに分かっている。
彼自身ですら気づいていない、まだ花開く前の隠れた彼女への思い。
超が付くほどの鈍感な彼とは違って、自身はそういった事に関して嫌でも感じ取れてしまう。
でも、それをわざわざ教えてあげるなんていうお人好しなんかじゃないから、ちょっと意地悪してやった。
「・・・バカか、お前。アイツはただの生徒だろ」
―――バカはどっちだよ。
内心でそう毒づいたが、表情はそのまま。
小難しそうな顔をしている彼の様子を、カップで顔半分をを覆いながら横目でそっと眺める。
救い様がないほど鈍い彼を想う柚香先輩が可哀相で哀れだ。
自分だったら些細なことにも気がついて大切にしてあげられるのに。
そんな事を常々思うが、彼女の先生への気持ちに入る隙間など何処にもないのだ。
「・・・それならそれで別に良いけど、」
中身を全て飲み干したカップを机に置いて、立ち上がった。
馬鹿みたいに一途で、ずっとこの人だけを思い続けている柚香先輩。
悔しいけど、そんな思いを抱いている部分も全て含めて自分は彼女を好きになったから。
それに柚香先輩も先生のことも大好きだから、邪魔するとか諦めさせるとかは出来ない。
それでもやっぱり柚香先輩に思われる彼がムカつくから、少しぐらい困ればいい。
「いつまでもそんなんだと、大切なもの無くなちゃうよ」
言いながら、意地の悪い笑みを浮かべて呆気に取られている先生の方を見る。
すると彼が何か言葉を発しようとしたが、それよりも早く扉を閉めて長い廊下を駆け出した。