女って生き物はどうしてこうなのだろう。
「なーつーめ!歩くの遅いでっ」
「・・・・・」
前を歩いている彼女がくるんとスカートと髪を靡かせ振り向いた。
誰のせいだと思ってる、という言葉が喉元まで出かかったが飲み込む。
そして横断歩道の前で立ち止まっている彼女の元まで無言のまま早歩きで駆け寄る。
両手に幾つもの色取り取りな紙袋を持って。
「あーっ、信号変わってしもうた!」
ちょうふど隣に並んだと同時に青く電灯していたそれが赤に変わってしまった。
渡れなかったことを悔しそうにしている彼女に比べ、自身は重いため息を吐く。
べつに急いでいるわけでもないのだから、数秒ぐらい立ち止まっても良いじゃないか。
「もー、棗が歩くの遅かったからやで!」
「・・・・悪かったな」
眉を吊り上げて怒ってる彼女に、誠意の欠片も込めていない言葉で謝った。
いったい、歩くのが遅くなっていたのは誰のせいだと思っている。
「・・・いくらセール中だからって、買い過ぎじゃないのか?」
両手に持っている大量の袋を目で指す。
冬と春とが入り交じる季節の変わり目の時季。
セントラルタウンでは町全体で大きなセールが行われている。
買い物に付き合って欲しい、と言われて来たのだが自身がやることと言えば荷物持ちだ。
たまにどっちの服が似合う?とか聞かれ意見を出すがあまり参考にはされず、結局は自分で決めてしまう。
とてもデートと呼べる代物じゃあないし、特に用事もない自身にとってはつまらなくて仕方がない。
店を回るごとに増えていく紙袋は腕に疲労を募らせていき足だって重くなる。
「まだまだ全然やって、」
その言葉に続いて良く分からないカタカナの文字の店の名を徒然と並べていった。
まだそれ程の数の店を回るのかと思うと、意識せずともため息がでる。
確実に日は暮れてきており、このまま無駄に一日が終わってしまうのが目に見えた。
「・・・・荷物持ちのこっちの身にもなれよ」
ポロリと漏れたのは心の内。
付き合うだけの此方は暇で仕方がないし、腕に持つ荷物は重いのだ。
一つ一つの袋はそこまで重くないもののこう数が多いとけっこう堪える。
だからといって彼女に持たせるという気にはならないのだが。
そんな事は男としてのプライドが許さない。
「なんやの、棗が非力なだけとちゃう?」
そうなんや、そうにきまっとる。
独り言を呟き、一人でうんうんと頷いて納得している。
言いたい放題の勝手な見解に、腹の底の方がざわついた。
そんな事を言われては、男として放っておく訳にはいかない。
「バーカ、その気になればお前だって片手で持ち上げられる」
「そんな大きなこと言ったて、無理に決まってるや・・・ろ?」
何故語尾が疑問系になっているかというと、何の前触れも無く突然視界が変わったから。
いつも見上げなければ合わせることの出来ない紅玉の瞳が目の前にあり、真っ直ぐに合わされている。
そして足元をふわりと襲う浮遊感と、腰に感じる腕の感触ときたら。
「ほら、な?」
満足そうに緩められた口元と細められた瞳は大層貴重なものだったが見惚れている場合ではない。
というか、混乱していてそんな顔をしていることに気づく間もない!
「おおおろして、早くっ、降ろしてやっ!」
いったい彼は此処を何処だと思っているのだろう。
自身を持ち上げられる力があると証明したいからって、こんな街中で実行するなんて。
馬鹿じゃないのと叫びたい気持ちを抑えて、心の中で何度も悪態を言う。
見ず知らずの人々がクスクスと笑ったり冷やかしの声や眼差しが痛い。
手足を振って暴れたいが、恥ずかしさから体が硬直している。
羞恥で顔が赤くなるばかりだ。
「言われなくとも、」
やっと足が地に着き、安定を取り戻した。
同時に赤く点灯していた信号も青へと変わる。
腰に巻かれていた手が離れると真っ赤になった顔で彼を一睨みし、横断歩道を力強く踏んでいく。
「おい、蜜柑、」
「うるさいっ!」
周りを気にしてか控えめながらも怒声を張り上げて一声を飛ばされる。
そんな彼女に苦笑いを浮かべて肩を下ろすと、横断歩道の向こうに見える後ろ姿を急いで追いかけた。