放課後の特力の教室。
此処でこっそりと二人きりで過ごすのが日課になっていた。
一日の中で一番の楽しみで、幸せな時間。
夕食の時間ギリギリまで毎日此処で過ごす。
先生だって仕事があったりと忙しいだろうに、いつも自分が帰るまで一緒に居てくれる。
まあその代わりにテストの丸付けとかレポートを手伝わされるのだが。
いつもそんな感じだから、恋人同士といったムードを感じることはほとんど無い。
でも、一緒に居られるだけで十分満足なのだ。
「次生まれ変わったら、俺はお前と同じ歳で生まれてーな」
初等部の子達のテスト問題を作っていた先生がぽつりとそう呟いた。
クルクルと回していたシャーペンが自身の手から滑り落ちて、
真っ白なノートの上を転がっていく。
「・・・どうして?」
「その方がもっと自由に付き合えるだろ、」
街でデートしたり、いつでも手を繋げたり。
回りの目を気にしなくていい。
そんな普通の恋人同士のことが出来るようになると言うことだ。
確かに、それには憧れる。
こうして共に時間を過ごすことは多々あるがいつもそれだけで、デートなんて今まで一度もしたことはない。
けれど。
「先生が"先生"だったからこうして出会えたんじゃないの?」
「そうだけどよー・・・」
納得がいかないみたいでむすっと口をへりまげた。
いじけた子供みたい。
先生がこの学校の"先生"として来たから出会うことが出来た。
もしも先生のアリスがもっと早く見つかっていて、学園の生徒同士だったとしてもこういう関係になれたか分からない。
だいいち、先生が生徒として学園に居ても自分はまだ五歳とかとても恋愛が出来る年齢ではない。
さすがにそんな小さな子供に手を出してしまったら犯罪になってしまうだろう。
犯罪者な先生を思い浮かべて一人くすりと小さな笑いを漏らした。
それに気づいた先生がじろりと此方を見る。
「てか、二人きりの時ぐらい名前で呼べって言ってるだろ」
「分かってるけど今さらそんな・・・、」
名前でなんて呼ぶなんて、今さら無理に決まってる。
もう何年も"先生"というそれが名前のように呼んでいるのだから。
いくら恋人になったからとはいえ、恥ずかしいし照れくさくて、出来っこない。
それに、年上の人を呼び捨てにするのにも抵抗がある。
口ごもっている此方に突き刺さる、じとっとした目で訴えかけてくる視線が痛い。
名前を呼ぶまではその視線から解放してくれない気がする。
ごくんと大袈裟に唾を飲み込んで、大きく息を吸い込んだ。
震える唇を一度噛み締め、声帯を震わせる。
「い・・・いずみ、先生・・・」
唇の震えが声にまで移ってしまった。
これが自身のいっぱいいっぱい。
なのに、それだけでも恥ずかしさがどうしようもなくて泣きそうになる。
名前で呼ばれる嬉しさは自分が一番良く分かっているが応えられそうにない。
先生の喜ぶ事をしてあげたいのに、こんなことすら出来ないなんて。
情けなくなって体を小さく縮こめた。
「まあ良いか、今はまだそれでも」
呆れたように言って小さく笑うと、クシャクシャと乱雑に頭を撫でられた。
いつか、ちゃんと言えるようになると良いな。
・・・・"泉水"って。