意識を無理やりに反らそうとしても勝手に身体が教室の隅にいる存在に反応してしまい、嫌でも彼等の話し声が耳に入ってくる。
耳を塞いでも、だ。
「もうっ、なんやのそれぇ・・・」
「はっ、バーカ、」
くすくすと楽しそうに笑うソプラノとそれに返す穏やかなアルト。
彼等のそんな雰囲気に対して自身の心の中は暗く澱んでいく。
ちらりと思わず二人を視界に入れてしまい、あまりにも楽しげな様子に耐えられなくなって足音すらたてずそっと教室を抜け出た。
***
「あーあ・・・・」
行く宛もなくフラフラと森の奥までやってきて適当な大木の傍に腰を下ろし、寄りかかると深いため息を吐きそのまま項垂れた。
棗と佐倉の関係が変わったのはつい最近だ。
いずれこうなることは分かっていたから、聞かされた時もさほどショックを受けることはなかった。
そして自身に気がねしているのか何なのか、彼等は人目のあるところでは付き合っているような素振りを見せない。
表面上は今までとなんら変わらないように見える。
けれども、先ほどのように希にというか雰囲気でそういうのが出てしまっているのだ。
それは二人にとって無意識の内なのかもしれない。
あきらめた、とは言えそんな彼等を見ているのはどうしようもなく辛くて、悲しくなる。
しかもそれを隠しなんともない風を装い、友人として接するのはどんどん神経が擦りきれていく。
――――もう限界だった。
「・・・・・・大丈夫?」
「え・・・・・、」
掛けられた声に顔を上げれば目の前に、此方を覗き込むようにして屈んでいる子が居た。
自身と同い年か、それより下に見える。ピョコピョコと無邪気によく揺れる頭のリボンと白髪の長い髪が印象的だった。
こんな子、学園に居ただろうか。少なくとも今までに見かけたことはない。
「思いつめてるようにみえたから・・・・生きる事に絶望してる感じかな」
「・・・・大丈夫、」
精神的に参ってはいるが、さすがに自殺しよう、とかそこまでは病んでいない。
そんなことしたら後で周りに迷惑がかかるし。
「・・・・貴方はいつも自分より他人のことばかりだね」
まあそこが魅力のひとつでもあるんだけれど。
まるで心を読んだかのような発言をいぶかしげに思い、怪訝そうな眼差しを向けたがにこりと屈託のない笑みを返されただけだった。
「君はいったい・・・・」
「・・・それよりさ、貴方がどうしてそんなに思い悩んでいるのか僕に話してみてよ」
誰かに聞いてもらった方がスッキリするから、と半ば促されるようにして溜まっていたものを吐き出した。
理由は分からないがこの子になら全て胸の内を曝け出せたのだ。どうしてだろうか。
それに初対面のような奥ゆかしさも感じない。
ずっと昔から知っているような気さえするのだ。
自然と言葉が口を紡いででていて、気がついた時には全て話していた。
「もうどうしたらいいのか・・・・」
「どうしようもないよね」
スパッと言い切られ、胸にグサッと刺さる。
せっかく話したのだからもっとこう、アドバイス的な何かを言ったりとかせめて考えるような素振りを見せてくれても良いのではないだろうか。
気まぐれというか気ままというか。
「・・・・・・」
「まあ時間が解決してくれるのを待つしかないよ」
――――簡単に言ってくれる。その程度の感情ならとっくの昔にどうにかできているはずだ。
所詮、この子にとって他人事でしかないのだからそこまで関心ないのだろう。
話を聞いたのだって、ただの興味翻意にしかすぎないのかもしれない。
「なあに?その顔」
「べつに・・・・」
「これでも僕なりに色々と考えてるんだけどね」
はあっと軽く息を吐いて、じっと真っ直ぐに目を合わせてきた。
ガラス細工のように綺麗な濁りのない紅い瞳に見つめられると心の内を全て見透かされている気がしてくる。
もともと人に見られるのは好きじゃないし、尚且つこんな近距離だなんて居た堪れなくなって目を逸らした。
すると、小さく声を漏らして笑うのが分かった。
「大丈夫、じきにまた前みたいに二人に接すれるようになるよ・・・・貴方は優しい人だから」
それは僕がよく知ってる。
ばっと顔をあげれば優しい微笑顔(えがお)があった。この子は、いったい何者なのだろう。
その疑問を口にしようとしたよりも早く、ふわりと包み込むように抱き締められた。
懐かしい、と言うより良く知っている感触なような気がして胸が落ち着いた。
「――――僕はいつでも貴方の傍に居るよ」
耳元でそう小声でささやかれるとすぐに離れて、その言葉がどういう意味なのか考えているうちに何処へやら姿を消してしまった。
結局、正体が分からずじまいで不思議な子だった。何者なのだろう。
ずっと昔から知っているような気がするのだが、分からない。
けれど、おかげで心なしか胸の靄が晴れ、軽くなったようだ。
ふうっと安堵の息を吐くと手に何か触れるのを感じてそちらに目を向けた。
「・・・・ウサギ、」
腕にすりよってきたのを抱き上げた。ふわり、と心地よい安心感が広がる。
それは先ほどあの子に抱き締められた感覚と似ているな、と思ったがそこにはただいつも通りウサギが気持ちよさそうに顔を埋めているだけだった。