「ごめん、本当にごめんなっ」
「いいわよ、もう・・・」
胸の前で手と手を合わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべ何度も謝罪の言葉を繰り返される。
最初のうちこそ苛立っていたものの、謝り続ける彼女を目の前にしているとどうでもよくなっていった。
彼女の中での優先順位が変わってしまったのが原因なのだから、仕方のないことだと諦めるしかない。
怒って攻め立てても謝るだけで予定を戻してはくれないだろう。
「来週の日曜は絶対大丈夫やから・・・!」
その科白に頷くと彼女は安堵の溜息を吐き、自分の席へと戻っていった。
席に着くとすぐさま隣に座っている棗くんに話しかけ始めるのが目に入った。
見ている限り彼はほとんど口を動かしていなかったが、彼女の顔には笑みが広がっている。
楽しそうな笑顔が垣間見えると視界がぼうっと視界が霞んだ。
二人で買い物に行こうと約束したのはもう先月になるだろうか。
日にちを決めても全て彼女にキャンセルされてしまいこれでもう5回目になる。
さっきは頷いたものの、来週の日曜日もどうなるか危ういものだ。
おそらくは取り消されるであろうが、苛立ちなどもはや起きない。
蜜柑が棗くんと付き合うようになってから彼を優先させられることが極めて増えた。
一緒に帰るのも、休日一緒に過ごすのも、すべて。
今まで自身が居た位置を代わりに彼が占め、自分は2番目に下がってしまったのだ。
親友であることに変わりはないが、それでもやはり寂しい。
――――そんな事を思ってしまう自分に呆れ、視線を彼女達から逸らす。
キョロリとクラスを見渡せば俯き加減に揺れている金色の髪が目に止まった。
自分の席には居らず廊下側の壁に寄りかかっている彼はたまに顔を上げ、蜜柑達を見ている。
「羨ましい?」
「いっ、いまい、」
気配すら感じさせずに近づき声をかけると大きく肩を震わせた。
予想していた通りの反応が返ってきて実におもしろい。
これだから彼を冷やかしたり、からかうのはやめられない。
彼は好きな子を失ったと同時に親友も失った。
蜜柑の一番は棗くん、棗くんの一番は蜜柑。
私達ではない。
「さっきからよくあの二人の事見てたわよね」
あの二人、と蜜柑達が居る方を視線で促せば彼もそちらに目を向けた。
付き合い始めた頃は気恥ずかしかったのか、顔を合わせるだけで真っ赤になっていた彼等。
だが今では何をするも二人一緒で、いっつもべったりとくっ付いている。
教室でもただ話しをするだけではなく肘で小突き合ったり、蜜柑の肩へ抜け落ちた髪を棗くんが払い取ったり。
いちゃいちゃべたべた。
そんな擬音が似合うような情景で、同じ場に居る此方の方が恥ずかしい。
それでも幸せそうに笑う彼女を見ているとそんな気持ちえお何処かへ吹っ飛び、代わりに寂しさと虚無感が込み上げてくる。
これほどまでに自分は彼女に執着していたのかと思わざるをえない。
「確かにいいなぁとは思うけど、二人が幸せなら俺はそれでいいよ」
「・・・・貴方って本当にお人好しよね」
「そうかな?棗が俺と同じ立場だったら同じ事言ってくれると思うけど」
へへっと彼は頬を掻いて照れくさそうに笑った。
人柄が読み取りにくい棗くんのことをよく分かっている。
そこまで言い切れるのは彼が親友であるからこそ成せる業だ。
「いいわね。そういう風に信頼しきれる友達が居るのって」
「今井にだって佐倉がいるだろ?」
「・・・・そうね」
鉛が取れたかのように心が軽くなった気がした。
彼の言うとおりだ。
蜜柑にどんなに大切な人が出来ても私が親友であることは変わらない。
その事実が有るだけで十分じゃないか。
「ありがとう。ルカくん」
「え・・・・俺はべつに何にもしてないけど?」
「いいの。ただ言いたくなっただけだから」
困惑する彼を前に、自分でも珍しいと思うほどの優しい笑みを零した。