今日は学校が休みの祝日。
何の日かと言われてもそういう日が年に幾つもが有りすぎて覚えていない。
自身も授業が無いから部屋で紅茶を飲みゆっくりとしていたのだが、来訪者を告げるチャイムの音が部屋に響き渡った。
「鳴海せーんせっ」
ノロノロと立ち上がり、細かい彫刻が施されているドアを開けるとそこにはニコニコと嬉しそうに笑うよく見知った女の子。
綺麗に結ってあるツインテールがゆらゆらと左右に揺れている。
「あれー蜜柑ちゃん。どうしたの?」
わざわざ家にまで訪ねてくるのは珍しい。
それに学校からも寮からも遠いし、むやみに生徒を家に招いてはいけないという神野先生の指導があるため自分からも彼女達を呼ぶ事はしない。
「あのな、今日は働いてる人に感謝する日だって聞いたんよ」
11月23日。勤労感謝の日。
なるほど、そういう事か。
それを聞いてどうして彼女が今日、此処にやってきたのか何となく理由が分かった。
「いつもウチ等のこと世話してくれてありがとうっ、先生!」
寒さを吹き飛ばすようなはじけた笑顔で感謝の言葉を伝えられる。
教師になってそこそこ経つが、こんなことは初めてだ。
じいんと先程の言葉が染み渡り、胸の中が温かくなっていく。
「それでな、何かちゃんとした物をあげようて思ってたんやけど、ウチお金無くて・・・」
はじけたような笑顔はなくなり、声音はだんだん小さくなり表情も暗くなった。
お小遣いの基準になる星階級がシングルな彼女だ、貰える額は元々少ない。
ましてや今月は11月で、彼女にとって今日なんかよりも遥かに大事な"彼"の誕生日も控えている。
「でな、こんな物しか渡せないんやけど・・・」
躊躇うようにして、おずおずと差し出されたのは一枚の紙。
何だろうと疑問に思いつつ受け取って、その紙を見ればそのに記されていたのは"肩叩き券"の文字。
手作り感が溢れんばかりのそれにぷっと吹き出した。
「なんや、やっぱりそんなん要らんかった?」
笑いだした此方の様子を見て彼女は悲しそうに見上げてきた。
笑いを抑えて急いで否定する。
「違う違う!こういうの、可愛いなーって思って」
嬉しいよ、と彼女の頭を優しく叩けば嬉しさと安堵が混じったような笑みが浮かんだ。
誰かが自分の為に何かをしてくれるってのは良いかもしれない。
そういえば自身の誕生日の時も彼女が率先してお祝いしてくれたっけ。
「じゃあ、早速だけど使わせてもらおうかな」
ずっと外に居て体も冷え切っているだろうし、と思い玄関から部屋の中へと誘導した。
喜んで入っていった彼女の背を見てから、再びドアの外へ向き直る。
手でメガホンの形を作ると誰も居ない方へと声を張って呼びかけた。
「棗くんも。いつまでもそんな所に居ると風邪ひいちゃうよ?」
その声が響いてからしばらくして、木の影から現れたのは不服そうな表情をした黒髪の彼。
私服姿で嬉しそうに何処へやら出かけて行った彼女を心配して付いてきたに違いない。
そんなに心配しなくても彼女の頭の中はいつも彼でいっぱいである事を彼は知らないのだろうか。
自身と話をしていても無意識のうちに必ず話題にあがる程だというのに。
全てを見透かしたような此方が気に入らなかったのか、鋭く睨みつけられると歩みよって来て無遠慮に部屋へと入っていった。
中から驚いた様子の彼女の声とそれを受け流すような冷たい彼の声が聞こえてくる。
そんな声に耳を澄ましてから、開け放っていた扉をゆっくりと閉じた。