彼女の瞳に映っているのはいつも"あの人"だけで、どんなに自分が努力しても絶対に此方を振り向いてくれない。
いくら一途に、真っ直ぐに想っても・・・・・絶対。
「それでさ、映画のチケット二枚貰ったんだけど今度の日曜、」
「行かない」
全てを言い終わる前に断られてしまい、頬の筋肉をひきつらせて苦笑いを浮かべた。
人差し指と中指だけで掴んでいたチケットが二枚、ひらりと悲しく地へ落ちる。
予想していた通りの返事。
だが此処で諦める自分ではないし、こんな事はいつもじゃないか。
すうと深く息を吸い込んで気持ちを正した。
「そう言わないでさ。いいじゃん、一日ぐらい」
歩きながらも難しい字ばかりが敷き詰められた本を読んでいる彼女に再度アタック。
軽快にチケットを拾い上げてから前を行っていた彼女との距離をつめ、真っ直ぐに伸びている長い髪の毛先に手を伸ばし触れる。
「折角の休日をアンタと過ごすほど暇じゃないの」
冷たく言い放たれると、髪を弄っていた手を強く叩かれてはらわれた。
手加減無しの容赦ないそれはけっこう痛くて、手を引っ込め目を細める。
立ち止まれば、目の前の人は此方を振り向きもせずどんどん離れていく。
「柚香せんぱいっ」
呼び掛けても駄目。
駆け出して手を伸ばしてもするりと髪が手の甲に触れただけで直ぐに通り抜けていく。
手をめいいっぱい伸ばしても、追いつこうと足を速めても彼女の瞳に映ることなんて自分には出来ないのだ。
焦点を外し視野を広げて先の方まで見渡すと人影が見えた。
そこにを歩いているのは、紛れも無く今目の前に居る人がずっと前から焦がれている"あの人"。
そして、その人物に気づいた彼女も滅多に見せない柔らかく嬉しそうな表情に変わった。
ずしりと腹の底が重くなる。
どうしてその眼差しの先は自身ではないのだろう。
こんなにも好きなのにまるで相手にしてくれないし、そういう対象にすら入れてもらえていないのだ。
きっとこの後、彼女はいつものように"あの人"の傍まで嬉しそうに駆けて行く。
頬を気づかれない程度に紅潮させ、仲良さげに会話をしながら隣を歩くのだ。
その姿をただ見ていることしかできないのは、辛くて酷く耐え難い。
「・・・・なに突っ立てんのよ」
聞こえた声にはたと顔を上げれば数メートル前に居て、怪訝そうに此方を見ている彼女。
"あの人"の姿はもう見えないし、てっきりもう此処には居ないと思っていたから・・・・驚いた。
「何、って・・・」
「人のこと呼び止めておいてなによ、それ」
溜息を吐き、呆れたような笑みを浮かべると"あの人"の姿はもう無くなっていたが彼女は再び先ほどのペースで前へ歩みを進め始めた。
髪を靡かせ歩くその後姿を数秒固まったまま見つめていたが、込み上げてきた気持ちに従うよう隣に並ぶため全力で駆け出した。