突然降ってきた雨にひとり文句を呟きながら傘をさし、足早に帰路へ着く。
大粒の雨粒を傘が弾く音が耳障りだし、ズボンの裾までが濡れてきて肌に貼り付くのが気持ち悪い。
だいぶ気温も低くなってきておりぶるりと身を震わせた。
家に着いたら直ぐに暖房を付けて、暖かいコーヒーを入れよう。
冷えた体に熱いコーヒーを飲めば芯から温まる。
そんな考えを馳せているうちに我が家が見えてきた。
―――そしてその扉の前に体育座りで座り込んでいる、ある少女も。
「・・・・・柚香?」
「先生、」
呼び掛けると膝に埋めていた顔を此方に向けて上げ、ふわりと笑った。
雨水によりびしょ濡れになっている長い髪が揺れて雫が伝い落ちる。
「バカ!お前こんな所で何してんだよっ」
服を茶色く染める泥が跳ねたが、気にせず急いで駆け寄った。
こんな雨の日に傘もささないでいるなんてどうかしている。
目の前まで来てしゃがみ込むと強く腕を掴み取り、強引に立たせ傘を差し出した。
自分一人だけでも十分にスペースがある大きな傘だったが、彼女を中心に入れると流石に体がはみ出た。
だけど、今はそんなことどうでもいい。
「先生の・・・・顔が見たくなって、」
ごめんなさい。申し訳なさそうに一言言うと口を閉じ体を小さく竦めた。
そんな理由で冷たい雨が降り注ぐこの気温の中、自身の帰りを外で待ち続けていたなんて―――――
馬鹿だ、本当に。
表情を歪ませ、傘の柄を握っている力を強くした。
「・・・取り合えず、家入れ」
腕を拘束していたのを解放し、ポケットの中を漁り鍵を見つけて扉を開けようとすると後ろから弱弱しく上着の裾を引かれた。
怪訝そうに眉間に皺を寄せてそちらを向けば、えらく暗く沈んでいる顔と揺れている瞳が見上げていた。
「―――何かあったのか」
普段、人に弱いところを見せる事のない彼女がこういう表情をしている時は大抵決まっていた。
服を掴まれている手を外し、代わりに己ので優しく包む。
とても血が巡っているとは思えない氷のような冷たさがやけに身に沁みて、言いようのない焦燥感が込み上げてくる。
「なんでもない・・・先生が居てくれるから、大丈夫」
何が大丈夫なんだ、と問いたい。
無理して笑みを作るその顔が辛くて見ていられなくなり、持っていた傘を投げ出し彼女の腕を勢いよく引いた。
突然のことで当然のようにバランスを崩した彼女は、此方の胸の中に飛び込んできた。
「アホか、お前」
あやす様に頭を撫で、背に回した腕の力を強くして抱きしめる。
その存在がちゃんと此処に有るのを確認するように。
冷たい外気に晒されていたせいで身体は冷え切ってしまっているが、ちゃんとした温もりが伝わってくる。
それでも自身の腕の中に収まってしまうほど小さいそれは簡単に壊れてしまいそうで。
「俺なんかじゃ頼りないかもしれねーけど、話ぐらいは聞いてやれるから」
守ってやりたいと思う。
彼女にこんな風にさせるもの全てから。
雨ではない他の何かで、彼女が顔を埋めている肩が濡れるのを感じた。