夕食も終わり、消灯まで個々が好きなように過ごす時間。
お風呂から上がって長い髪を丹念に乾かし、ブラッシングやケアをしてからいつものように彼の部屋を訪れた。
不用心にも鍵がかけられていないドアを自分の部屋の如く遠慮なく開け放つ。
広い部屋の中を見渡して、ベッドに寝っ転がって本を読んでいる彼の姿を見つけると自身もそこに腰かけた。
スプリングが体重の重みでふわりと軋んだが、彼は自身が居ることにすら気づいていない。
本に夢中なその様子に顔をしかめると、勢いをつけてうつ伏せ状態の彼の上に飛び乗った。
「っ・・・蜜柑、」
「・・・・・ウチが来たって気づいてなかったやろ」
驚いて目を見開き、首を曲げて此方を見上げた彼に対し、不機嫌そうに頬を膨らました。
べつにこんなことは日常茶飯事で、これが始めてではないがやっぱり気分が悪い。
笑顔で出迎えろとまでは言わないがちゃんと声ぐらいは掛けて欲しいと思う。
「あー・・・・悪い、」
その科白に、抱きつくようにして後ろから首に手を回し強く締め付けた。
そんな喋りもしない無機質な本なんかより、自身にかまって欲しいのに。
それとも我が儘ばっかり言う自分なんかより、よっぽど本の方が魅力的というのだろうか。
「棗のアホー・・・」
ぼそりと小声で一つ悪態を呟いてから彼の肩に顔を埋めた。
好きっていう気持ちが大き過ぎるせいか、自分がどんどん貪欲になっているのが分かる。
気持ちだけじゃ足りなくて、もっと傍に居たい。もっと話をしたい。もっと触れたい。
もっと、もっと。
「蜜柑」
本を閉じる音と名前を呼ぶ声に顔を上げた。
その先にあったのは、此方を真っ直ぐに見る熱の篭った紅い瞳。
逸らす事なく見つめ返すと、彼の瞳に映っている自身の顔がひどく赤くなっているのが分かった。
けっして彼の瞳の色のせいだけではない。
そんな色を持つ彼もまた目の淵がほんのりと赤く染まっていて。
同じ気持ちを抱いてくれているのが嬉しかった。
「なつめ、」
大好き、と震えた声でそう言えば彼の瞳の奥が柔らかくなった。
そして優しく頬に触れる温かい手。
形の良い薄い唇がゆっくりと下りてきて次に訪れることが何か分かったが、敢えていつもの様に瞳を閉じる事はしなかった。
自分だけを見ていて欲しいなんていう望みが叶うはずないのは分かっている。
だから、今この時間だけでいいから。
その大好きな瞳に、ウチだけを映して?