くいと浴衣の袖を引っ張られて振り向いた。
「な、蛍。ウチちょっと行きたい場所があるんよ、」
付き合ってくれへん?
毎年恒例の夏祭り、"地蔵盆"の最中、屋台を片っ端から食べ歩いているとそれに付いてきていた蜜柑が遠慮がちに声を掛けた。
一人で行けば良いじゃないと言おうと思ったがいつもと違う様子を感じて、まだ食べたりなかったが承諾すると、安堵したような顔を見せた。
前を行く彼女の後を付いてくること数分。
広かった雑木林を抜けるとそこには拓けた丘があった。
一本松が立っているが、高い場所であるため他には木が遮ることもなく夜空が視界いっぱいに広がって見える。
空が近いとはこのようなことを言うのだろう。
キラキラとその存在を個々が主張している星々が今にも手を伸ばせば届きそうで。
思わず挙るあげかけた手をすぐ我に返って抑えた。なんて幼子のような行動。
見られていただろうか、と思い隣にいる彼女を見れば此方を気にすることなく空を真っ直ぐに見上げていた。
「ウチな、前もこの日に此処に来たことあるんや」
煌々と輝く無数の星を見つめながらぽつりと切り出した。
そして一瞬だけ顔を此方に向けふわりと微笑うと原っぱの上に腰を下ろした。自身もそれに続く。
此処には何度も来たことがあるが昼間の光景とはまるで違う。
こんなにも変わって見えるなんて不思議だ。
そんなことを考えていると彼女が先ほどの言葉の続きを口にした。
「―――"お盆"やからお父さんとお母さんに会えるかなーって・・・・、」
相変わらず眼は空から外さず、えへへとわざとらしく声を出して笑った。
笑っている・・・のに、その表情は何処か寂しげに見える。
そして彼女の瞳の奥が揺れたのを見逃しはしなかった。
蜜柑には父親と母親が居ない。
そのことについては個人の問題だから自分が干渉することはもないが、本人も詳しいことは聞かされていないのだと思う。
亡くなってるのかどうかさえ曖昧だ。
お盆は死んだ人の魂が現世に還ってくるといわれている。
それを信じて、いかにも何かでそうな雰囲気のこの場所で一人待っていたのだろうか。
お化けとなって両親が会いに来てくるのを。
両親が居ないというのはどういう感じだろう。
彼女には代わりにお祖父さんが居るが、それは両親とはまた違うものだ。
生まれた時から当たり前のように感じていた親の存在。
それが感じられないなんて自身には分からない。
寂しい?それとも悲しい?
普段は此方が呆れるぐらい溌剌としている彼女だが、そのことで何か感じることもあるのだろうか。
―――もし、そうであるなら。
自身が少しでも代わりでありたいと思う。
傍に居て、そんな気持ちを吹き飛ばしてあげたい。
「・・・・姿が見えなくても、アンタのお父さんとお母さんは見守ってくれてるわよ」
ポンポンと労るように何度も彼女の頭を撫でた。
一瞬きょとんとしていたが、くすぐったそうに身をよじる。
自分の子が可愛くない親が居るわけない。
たとえ、もう此処には居ないとしても遠くから見守ってくれているはずだ。
愛しい君が幸せでありますように。
「・・・そう、やなっ!」
いつもの笑顔が広がった彼女のことを喜ぶように、星がひとつキラリと輝いた気がした。