今日の夕食はなんだろうかとかくだらない事を考えながらぼーっと寮への帰路を歩いていると視界の片隅に人影が見えた。
遠くに居るその人物を目をこらして見ると、映ったのは夕日に反射して光る色素の薄い髪を持つ後ろ姿。
それが誰かなんて、考える必要もなく分かった。
「先生・・・!」
主人を見つけた犬のように勢いよく傍まで名前を呼びながら駆け寄った。
まさかこんな所で会えるなんて。思いもしなかった嬉しいハプニングに喜びが隠しきれない。
息を切らして隣まで行って、見上げようと顔を上げると先ほどまでの喜びは何処へやら。
声を失って石のように硬直してしまった。
「・・・・・君は、」
そう、そこにいたのは先生ではなく彼に良く似た高等部校長。
まさかこの人がこんな所に居るなんて誰が思っただろうか。
しかも身に纏っているのはいつもの軍服ではなくとてもラフな服装。
この人でもこんな格好をするなんて驚きだ。
だが幾ら後ろ姿だったとはいえ、先生と校長を見分けられなかったなんて自身身をなくす。
所詮、先生に対する自分の思いなんてこの程度だということだろうか。
はあと隣に校長が居るにも関わらず、ため息を吐いた。
「・・・・どうした、何かあったか?」
「いえ・・・それより、校長はどうしてこんな所に居るんですか?」
普段は校長室から一歩もでることなく引きこもってるというのに。
こうして外に出ることがあったなんて衝撃だ。
「・・・たまには外の空気を吸おうと思ってな」
「そうですか・・・・」
「・・・・・・・・」
――――恐ろしいほどに会話が続かない。
もともと校長と話すことなんてそうないし、だからと言ってこの場を立ち去るのも何だか去りにくい。
無言の圧力がのしかかってきて息をするのも窮屈だ。
「・・・・泉水のことだが、」
突然話しかけられたことと出された名前にびくりと肩を揺らした。
先日、校長室で色々とやらかしてしまったし、やはり別れろとか言われるのだろうか。
その方がお互いのためになるのも頭で分かってはいるがそう簡単に理屈で諦められる気持ちなら苦労はしない。
尚且つ、やっと両思いになれたのだ、今ここでどうこうすることなんて出来ない。
「・・・・宜しく頼む」
「はっ・・・はい?」
てっきり別れろだとか距離を置け、と言われると思っていたのに、掛けられたのは予想外の言葉だった。
これは一応自分達のことを認めてくれたということだろうか?
「・・・出来る限り幸せにします」
女の自分がいうような科白じゃあないが、他に言いようもなかったし口が勝手にそう動いた。
先生が体裁を気にせず自分を選んでくれたことを後悔させないように。
自分がしてあげられることなんてたかが知れているが。
「・・・頼もしいな」
その言葉に、ふっと微笑とも苦笑ともつかぬ笑いをこぼした。
幸福だった物語
(幸せなんて長くは続かない)