どきどき。そわそわ。とてもじっとして待っていられず、自然に足が動き辺りをふらふらと歩き回る。まるで落ち着きがなく、受験の時以上に自分がひどく緊張しているのが分かった。
あの日、先輩が約束してくれた"ご褒美"のおかげで受験を頑張ることができ、そして見事に合格したのだ。それも首席という快挙付き。まあ、先輩の応援がなくとも元々実力があったのだからちゃんと受かった、と思う。それでも此処までの好成績を叩き出せたのは紛れもなく先輩のおかげだろう。
そして一段落した今日。"ご褒美"を実行する日がきた。つまり、先輩とデート。自身等は恋仲というわけではないが、そんなことは問題でない。どうせゆくゆくはそうなる予定だし。
はぁと空に白い息を吐き出した。まだだろうか、後どれくらいで来るのだろうか。自身は嫌に気合いを入れてしまい、待ち合わせ時刻の一時間も前からこうしているというのに。普段は大して気にもしない服装や身だしなみに何時間も費やして、実に女々しいことをした。
「ナルっ、お待たせ!」
気持ちを馳せているとそう言いながら先輩が前方から駆けてきた。
どうやら走ってきたようで、息が切れている。
「待った?」
「・・・・・べつに」
手が氷のように冷たくなるまで待ちわびていたというのに、そんなカッコつけの嘘をつくなんて馬鹿だなと頭の中で自身をあざ笑った。しかしそれが男の嵯峨なのだから仕方ない。
「それじゃあ、行こっか」
ふんわりと微笑まれて促されるままに足を前へ踏み出した。歩く度に流れる長い栗色の髪を後ろからぼんやりと見つめる。今日のデートがどういったものなのか知らされていない。しつこく聞くとキャンセルされてしまいそうだと思ったので言及などしなかった。"デート"だからやっぱり定番の遊園地とかだろうか。いやいや、水族館のロマンチックな雰囲気も悪くない。それとも普通に街でゆっくりとショッピングとかも良いかも。
あらゆるシチュエーションを想像して浸っているとふいに足が止まった。鼻先が先輩の頭部を掠めたが激突をなんとか耐える。そして一歩後ろへ退いて目の前の建物を見上げた。
「ね、先輩・・・此処って、」
「いいから入って!」
ぐいぐいと背中を押されて有無を言わせずその建物の中に押し入れられた。でも此処って・・・・
「おー、お前等!久しぶりだな」
"そこ"に入ってすぐに顔を合わせたのは自身の・・・・いや、自身"達"の恩師。そう、先輩に引き連られてやってきたこの場所は大学受験のために通っていた予備校だ。デートで来るような場所には限りなく遠い。
いったい何を考えてこんなところに連れてきたのだろうか。不満げに唇を尖らせて背に居る先輩をじろりと見た。
「アンタ、先生にまだちゃんとお礼言ってなかったでしょ」
先生のおかげで合格できたんだから、ちゃんと感謝しなさいよね。自分が教えていたわけでもないのに腕を組んで偉ぶって、大層な上から目線で冷罵された。
確かに、第一志望の大学に受かったのは先生の尽力があったからこそだと思うがこれは非道くないだろうか。ずっとずっと今日のデートを楽しみにしていたというのに。しかもよりによって"先生"の所へなんて――――
やるせない思いに拳を固く握り締め、顔に皺を寄せて端麗な笑顔をつくってみせた。
そして止めの一言。
「・・・・どーもお世話にナリマシタ!」
早口で尚且つ棒読みで短く言うと二人の反応を見ないまま外へ駆け出た。
嗚呼、吐き気がする。
アイディアル・クライシス
(結局、貴女は俺をみていない)