Rain drop

今日も窓の外ではしとしとと雨が降り続いている。 六月も幾日か過ぎ、梅雨入りしたのだから仕方があるまい。 せっかくの休日だが特にすることもなく、ふとこの間新しく買ったレインコートと傘のことを思い出した。 どちらにも黄色とオレンジの綺麗な水玉模様が施されていて、一目惚れしたのだ。 きっとそれを着て外を歩いたら、憂鬱な雨の中でも凄く素敵だろう。 そう思うが早く、レインコートがしまわれているクローゼットへと手を伸ばした。

「かーえーるーのーうーたーがー」

思った通り、雨の中をお気に入りのものを身に纏って散歩するのは大正解だった。 新調したレインコートと傘に加え、以前から所持していた水玉模様の長靴まで履いてきた。 パシャパシャと水が跳ねるのも気にせずむじろリズミカルにステップを刻んで歩く。 そうしているとますます雨の中を歩くのが楽しくなってきて、自然と歌まで口ずさんでしまう。 普段は雨だと気分が沈みがちだが、何故だろう。 今日は天から降ってくる雫がキラキラと輝いて見え、心がおどる。 だから、気持ちが高揚していて全然気がつかなかったのだ。
足下に迫っていた、石ころに。

「え・・・ひ、ひゃあああっ」

うきつきとスキップを刻んでいた足は見事に石に躓いた。 体が斜めに傾いていく。
そんなどうすることもできない動きに逆らえず、その先へあった大きな水たまりに真正面からダイブした。

「うっ、わあ・・・」

水たまりにはぬかるんだ泥が溜まっていたらしく、全身泥だらけに。 カラフルだったレインコートは泥のせいで茶色く覆われ、それを通り越して服の中にまで泥水が入り込んできた。 あまりのことに立ち上がる気力すらおこらない。 せっかく気分良く歩いていたというのに、まさかこんなことになるなんて。 しかも、買って間もないレインコートも一気に汚れてしまって最悪だ。 じわりと涙が溢れてきて視界が滲む。
やっぱり雨の日なんて、最悪――――

「何やってるのよ・・・バカ」

いよいよ瞳から雫が落ちてしまうかという時、よく聞き慣れた声が耳に響いた。
顔を見なくともその声の主が誰かなんて、分かる。

「ほたるぅ・・・」

自分でもどうしようもないと思うほど情けない声が口を告いで出た。
どうして彼女が此処に居るのか分からないが、そのことによってとてつもなく胸が安堵する。
呆れたように、でも心配そうに此方を見つめてくる様子に胸にほわほわと温かいものが広がっていく。

「・・・私の部屋のお風呂、貸してあげるから早く帰るわよ」

シングルやダブルの生徒は定刻にしか決められた場所の共同の浴室にしか入れないが、トリプル以上の部屋には個室のバスルームが設備されている。 人に無償で何かを提供することが嫌いな彼女が、自ら貸してくれるというのだ。 しかもこんなどろどろの格好の人が入ったら浴室が汚れてしまうのは目に見えているのに。
嬉しさに浸っていると、早くしなさいと急かされた。 ニヤケそうな顔を堪えながら、立ち上がろうと足に力を入れる。

「た・・・立てへん・・・・」
「は?」

―――立てない。 いくら力を込めてみても、足を支えることが出来ない。
まさかとは思うが、きっとそのまさか。

「足くじいてしもうたみたいや・・・」

成す術なく、あははははと取り敢えず笑って見せたものの、彼女の顔は険しくしかめられた。 その表情があまりにも真面目で恐くて、ふざけている場合ではないと思い笑うのを止める。
すると何を思ったか、自身に背を向けるようにして彼女がしゃがみ込んだ。

「乗りなさい」

要するに、自身をおぶさった状態で寮まで連れて帰るということらしい。
突拍子な彼女の行動に驚きを隠せず、大きく目を見開いた。

「でっでも、」
「早く」

有無を言わせない芯のある声音が凛と響いた。 それに一瞬たじろいだものの、易々と従うわけにはいかない。 こんな泥だらけな格好でおぶさられてしまったら服を汚してしまうし、何より大して体重の変わらない人間を背負うなんて彼女が潰れてしまう。 同じような背格好をしていていて、尚且つ力のない同姓なのだから無理がある。
しゃがみ込んだままの彼女は自身がそこに乗るまで動きそうにない。 どうしたら良いのだろう。

「ほんと、お前は阿呆だな」
「・・・・どうして、」

何処からともなく唐突に現れた人物に、目を疑った。 それは蛍も同じだったようで、"信じられない"と言ったような様子で瞳を見開いている。 どうして彼がこんなところに居るのだろう。
そんなことを思っていると急に身体がふわりと浮遊感を感じ、宙に浮いているのが分かった。
お姫様抱っこなんてそんな洒落たものではなく、たいそう乱雑な扱いだが彼に抱えられているのだ。

「なっなつめ!服汚れるし・・・っ」
「べつに良い」

突然のことに呆けていたが我にかえり、彼の服が汚れてしまう、と気づき慌てて静止の声をあげたがまるで耳に入れてくれない。 彼自身は良いと言っても、此方が気にかかるのだけれども。
ちらりと彼の後ろから不服そうに付いてきている蛍を困ったように見ると、やれやれと肩をすくめていた。

「・・・・ありがと」

まあ確かにこうする他ないので、抱えられている腕の中で小さくお礼を呟くと、大人しく彼に身体を委ねる。
触れられているところから伝わってくる温もりがひどく優しく感じられて、踏んだり蹴ったりだったけれども、やっぱりこの雨の日に出かけてみて良かったなと思った。



 

ほのぼので梅雨な話!いや、もう梅雨じゃないんですけど(←
蛍と棗は蜜柑ちゃんがピンチの時に何処でも現れるヒーローなのです^^^^^

リクエスト有難う御座いました!