ノンストップ・ジェラシー
山のような書類を渡され、全てに目を通しておけと朝、教員室に訪れたら言われた。
机にじっと着いている事が苦手なため、面倒くさいと思ったが、生徒達に関する大事な物だから邪険にするわけにはいかない。
これがどうでも良い学園の設備費の明細とかだったら、すぐに逃げ出していたのだが。
けっこうな時間をかけ、半分ほど目を通した所で席を立ち上がった。
大きく伸びをしながらこの教員室に取り付けられている窓の前へと行き、開け放つ。
するとすぐに心地よい温度の風が吹き込んできて頬を撫でる。
何年も前に禁煙をしたが、一服したい気分だ。
窓の外をぼんやりと眺めながら、吸えない煙草の代わりに熱いコーヒーでも淹れようかと考えていると遠くに人影が見えた。
視力2.0を誇る目を凝らして複数居るその人物等を確認する。
困り顔な柚香と、言い合いをしているちびちゃん達と、関心無さ気な杏樹。
良く目にする、いつもの光景。
学年は違えども四人が一緒に居る姿を目にするのは珍しくない。
そこに自身が加わる事もしばしばある。
ちびちゃん達の相手をする柚香はとても優しい表情をしてる。
きっとまだ幼い彼等に彼女の中にある母性本能がくすぐられるのだろう。
結婚して子供が出来たら、ああいう風に可愛がるのかな・・・なんて、勝手に将来を思いふけることがある。
今もそんなことをふつふつと想像していると、急に強い突風が吹き荒れた。
「いっ、てえ・・・」
目に入ったゴミが痛くて涙目になる。
変なことを考えていた制裁だろうかと考えながら目をこすって取り除いた。
クリアになった視界で再び彼等の姿を捕らえ、・・・絶句した。
その光景とは抱きしめられるような形になって杏樹の腕の中に納まっている柚香の姿。
いや、恐らくは急な突風で体のバランスが取れなくなった柚香を支えようとしての行動なのだろう。
十分にそのことは分かっている。
分かっているのだけど。
やり切れない気持ちがふつふつと腹の底から沸いてくる。
すぐに離れた二人だったがなんとなく雰囲気が和らいでいて、笑う柚香の顔が見えた。
たった、それだけの事なのにどうしようもなくなる。
しかも相手が杏樹だっていうのもタチが悪い。
二人の姿をこれ以上見ていたくなく、窓を力強く締め切る。
そんな顔を他の男に見せるなよ。
自分だって中々触れられないのに気安く触らせるなよ。
自分勝手な感情に嫌悪感を抱きつつ、冷たい窓ガラスに額を寄せた。
***
「それでね、今日ナルがね、」
日課になっている柚香と放課後の空き教室で過ごす時間。
いつもは楽しくて仕方がないが、今は苦痛でしかなかった。
あんな感情を持ってしまった自分が嫌だったし、今日に限って柚香の口から出てくる話は杏樹のことばかりだ。
なるべく耳に入れないように聞き流して、てきとうに相槌を打つ。
「・・・ちゃんと話聞いてる?」
だが彼女は気づいてしまったようで、話を中断させてそう聞いてきた。
いつもと違う自身の様子に、怪訝そうに眉を顰めている。
「・・・聞いてる」
「嘘」
やり流そうと嘘を言ったがスッパリと言い切られてしまう。
だが彼女の力強い眼力にそれ以上言いつくろう気は起こらない。
そしてじとっとした瞳で睨んできたと思ったら、急に悲しげに顔を歪ませた。
「私の話、つまらない?」
「・・・んなことねーけど」
決してつまらないという事はない。
彼女の今日あった出来事がたくさん聞けて、空白の時間が埋まる。
出来れば毎日、長い時間一緒に居たいと思っているが自身は教師で彼女は生徒。
二人では時間の流れがぜんぜん違うのだ。
これだけはいくら足掻いたってどうしようもない。
だからこそ、毎日こうして話をするのだけど。
「さっきから杏樹の話ばっかりだし、」
自分の女が他の男と一緒に居た時の話なんてあまり聞きたくはない。
普段ならあまり感じることはないが、今日はあんな光景を目撃してしまったのだ。
傍から見ればたかがそんな事でと笑うかもしれない。
それでも。
彼女が他の誰かと話しているだけで。笑いかけているだけで。
「どうせ俺と一緒に居るよりもアイツと居た方がっ」
―――どうしようもない苛立ちが募る。
声を荒げてそこまで言い放ったところでふと我に返った。
もう餓鬼でもないのに何をそこまでムキになっているのだろう。恥ずかしい。
前髪をクシャリと掴みとって、深く息を吐いた。
目を閉じて深呼吸する。
「もしかして先生、」
口を閉じて此方の剣幕を黙って聞いていた柚香が、遠慮がちに声を響かせた。
視界を閉ざしたままでその声を耳に入れる。
「・・・妬いてるの?」
「ばっ・・・!」
すぐさま目を見開いた。
かあっと顔が羞恥で火をつけたように赤くなる。
そんなことない、と言えないのは自分でも分かっているから。
この感情は紛れも無いただのやきもち。
「・・・悪いかよ」
クスクスと声を抑えるようにして笑っている柚香が目に入った。
頬にひかない赤みを感じたまま睫を伏せる。
彼女に悟られてしまったなんて格好悪い。
「可愛い、先生」
男に向かって可愛いだなんて。
顔を上げ文句を言おうとしたら、何時の間にか後ろに回っていた柚香に抱きつかれた。
そのまま耳元で" "と心地よい声音で囁かれる。
その言葉に思いっきり締まりのない顔をした後、同じ言葉を囁き返した。
杏樹くん達にやきもちを焼くユッキー!
そして攻め攻めユッキーとのことでしたが全然ですね・・・むしろへタレ・・・
若干、リクエストから逸れてしまい申し訳ないですOrz
リクエスト有難う御座いました!