無慈悲な愛情

その光景を見る毎日が、ただ苦痛で仕方なかった。
楽しそうに、嬉しそうに笑い合う二人。
とくにその時の柚香先輩のその幸せそうな表情は、今までに一度も見たことがなくて堪れなくなる。
長い間いつもずっと彼女をみてきたのに、そんな顔を向けてくれたことがない。

こっちを、向いてくれもしない。


「・・・あ、」


昼休みに入りフラフラと外を歩いていると、偶然その人物を見つけた。
決して意図して探した訳じゃあないのに、見つけてしまうとは大分重症かもしれない。
一気に駆けて後ろから抱きついて驚かそうかと思ったが、その考えはて打ち砕かれる。
眼前には柚香先輩以外にもう一人、"先生"が居た。

距離がある此処からだと声は聞こえないし、顔も良く見えないけれど楽しそうにしているのが分かる。
前までの自分だったらそんな事も気にしないで猛進していったが、今は違う。
無神経に二人の間を邪魔なんてできない。
だって、二人は付き合っているのだから。
先輩の片思いならまだチャンスはあったかもしれないが、もうどうすることも出来ない。

駆け出そうとしていた足を止め、木陰に隠れてそっと近づく。
こんな事をせずに早く立ち去れば良かったのだが、二人が気になる。
変わらず話し声は微かにしか聞こえないが、此処からだと二人の表情(かお)が良く見えた。
先生が何か言うと先輩はそれに頬を染め笑顔で答えている。
そんな表情、自分には見せてくれないのに。
彼氏でも相手にすらされてない自身がそんな感情を抱くのは許されないだろうか。

もし、彼女と付き合えたらどんなに良いだろう。
先生と変われたら・・・・どんなに。

ぐるぐると巡り浮かぶ自分勝手な願望。叶うことがないものだ。
報われないと分かっているのに想い続ける自分を自分で嘲笑うと、呆けていた視線を二人に戻す。
すると途端に飛び込んできた光景に息を飲んだ。

それまではただ会話をしていただけに見えたが、急に空気が変わった。
笑い声が響いていた会話止まり、真っ直ぐ見つめ合う二人。
ぼそりと耳元で先生が何かを囁くと真っ赤な顔の先輩が小さく頷く。
それ以上見なくともこの先、目の前で何が起こるかなんて分かっていた。見ないほうが良い。
そう頭の中で警報が鳴っているのに、目が逸らせない。
先生が屈み、こつんと額と額が触れると、先輩がそっと目蓋を閉じる。
そしてそのまま――――――

時間が止まったような気がした。
視界が揺れているのに焦点はその光景に定まったまま動かせない。
恋人同士なのだから"そういうこと"をするのは変哲もないけれど。
見たくなんてなかった。

動揺して体が揺らいだ拍子に茂みががさりと音をたてる。
意外と大きな音が響いたそれに気づき此方を向く二人。
驚きで目をいっぱいに見開き、赤い顔のままの柚香先輩と視線が絡んだ。

そんな顔、見たくない。


「ナルっ」


気がついたら二人に背を向けて、何処へともなく駆け出していた。



***



道なんて気にしないで、がむしゃらに走り続けた。
そのせいで色んな所に体をぶつけたが痛さなど微塵も感じない。
力任せにぶつけた身体なんかよりも。
心が、いたい。


「待って!ねぇっ、待ってって!」


柚香先輩が追い掛けてきてるのは足音と呼び止める声で分かっていた。
けれども、それを無視して走り続ける。
止まって先輩の顔を見るのが嫌だ。話をするもが嫌だ。
こんな酷い自分を見られるのが、嫌だ。


「ナルっ!」


重い扉を開くとそこは校舎の屋上だった。
行き止まり。これ以上はもう逃げられない。
上がってきた息の切れている先輩と目が合う。
いっぱいの抵抗で屋上の端の方へと行くと、鉄柵を後にして体重を掛ける。
こんなことしたって、意味が無いのは分かっているけど。
それに、何時までも逃げていたってどうしようもない。
どうしようもない、なら。


「ねえ、先輩」


自分でもひどく冷たい声が出たと思う。
感情がなくなってしまったようだ。


「俺のこと、好きになってくれなきゃ死ぬから」


薄笑いが自然と浮かんだ。
驚いた先輩を見てもべつに何も感じない。
先輩が自分を好きになってくれれば良いだけの話じゃないか。
何をそんなに驚く必要がある。


「何言って・・・・っ、」
「・・・俺の方が、」


声を荒げる先輩とは反対にいたって淡々と話す。
自身が向ける感情に気がついてなかったとでも言うのだろうか。
幾ら普通の人より恋愛方面に鈍いとは言え、酷い女。


「俺の方が、ずっとずっと先輩のこと好きだった」


先生なんかより、ずっと。何時から?と聞かれればもう分からない。
気がついた時にはもう堪らなくなっていた。
言い寄ってくる奴や先輩なんかより可愛い子もたくさん居た。
先生と付き合いだしても、諦める事なんて出来なかった。
日が経つほどどんどん想いが募るばかりで。


「なのにどうして・・・っ」


こんなにも好きなのに、どうして気持ちが届かないのだろう。
好きなのに、振り向いてもらえない。自分の世界の全てなのに。
貴女が何にも負けない自身の一番であり、自身は貴女の一番になりたい。
そう思ってしまうのは理屈じゃあどうにもできない。
行き場のない思いを改めて感じ、堪えられず瞳に込み上げてきたものを隠すように顔を空へ反らした。


「・・・・私は、これからも先生のことしか思えない」


とうに分かっている、そんなこと。
きっと先生が居なくなっても一途に思い続けるのが分かる。
そんな真っ直ぐな所にも惹かれたのだから。


「それでも・・・アンタが居ないと、私は寂しい」


好きにはなってくれない。
それなのに必要としてくれると言うのだろうか。
なんて、酷いこと。
希望を持たせてくれないのに諦めさせてもくれない。


「・・・残酷だね、柚香先輩は」


そう思うのに、これから先も果てなく想い続ける。
好きになんてなってくれない、酷く愛しい貴女を。


 

ヤンデレナルとの事でしたが、あんまり病んでないですねー・・・
そして鳴柚というより泉柚鳴になっててすいませーん!←
いや、報われない感じの鳴海くんが好きという個人趣味の表れです。

あぶみ様、リクエスト有難う御座いました!